「愛美さん、一度もお見舞いに伺えなくてゴメンなさいね」「いいんだよ、珠莉ちゃん。わたしも分かるから。注射が苦手だから、予防接種受けてなかったんでしょ?」「……ええ、まあ」(やっぱりそうなんだ) 愛美はこっそり思った。 つい一年ほど前に初めて会った時には、冷たくてとっつきにくい女の子だと思っていたけれど。こうして自分との共通点を見つけると、ものすごく親近感が湧いてくる。「――もうすっかり春だねぇ……。そしてもうすぐ、あたしたちも二年生か」「そうだね。もう一年経つんだ」 暖かい日が少しずつ増えてきて、校内の桜の木も蕾(つぼみ)を膨らませ始めている。 一年前、希望と少しの不安を抱いてこの学校の門をくぐった時は、愛美は独りぼっちだった。頼れる相手は、手紙でしか連絡を取れない〝あしながおじさん〟たった一人。もちろん、地元の友達なんて一人もいなかった。 でも、今はさやかと珠莉という心強い二人の親友に恵まれた。他にもたくさんの友達ができた。 もう一人でもがく必要はない。何か困ったことがあれば、まずはこの二人に話せばいい。それから〝あしながおじさん〟を頼ればいいのだ。「――あ、そうだ。四月からあたしたち、三人部屋に入れることになったからね」「えっ、ホント!? やったー♪」 愛美はそれを聞いて大はしゃぎ。二学期が始まる前に、愛美とさやかとで話していたことが実現したらしい。 さやかの話によれば、愛美の入院中にさやかがその話を珠莉にしたところ、「それじゃ私も一緒がいい」と珠莉も言いだしたのだという。 そして、ちょうど具合のいいことに、同じ学年で三人部屋を希望するグループが他にいなかったため、空きが出たんだそう。「来月からは、三人一緒だね。わたし、嬉しいよ。一人部屋はやっぱり淋しいもん」「うん。あたしも珠莉も、愛美とおんなじ部屋の方が安心だよ。もうあんなこと、二度とゴメンだからね」 愛美が倒れた時、発見したのはさやかと珠莉だった。女の子二人ではどうしようもないので、慌てて晴美さんと男性職員さんを呼んできて、車で付属病院まで連れて行ってもらったのだった。「一緒の部屋だったら、もっと早く気づけたのに……」と、さやかも落ち込んでいたらしい。「うぅ…………。その節はありがと。でも、もうわたし、一人で悩んだりしないから。もうネガティブは卒業したの」「そっ
****『拝啓、あしながおじさん。 わたしが横浜に来て、二度目の春がやってきました。そして、高校二年生になりました! 今年は一人部屋じゃなく、さやかちゃんと珠莉ちゃんと三人部屋です。お部屋の真ん中に勉強スペース兼お茶スペースがあって、その周りに三つの寝室があります。でも、ルームメイトだったらそれぞれの寝室への出入りは自由なんだそうです。 そして、わたしは文芸部に入ることにしました。小説家になるには、個人で書くだけじゃ多分、人から読んでもらう機会は少ないと思うので。もっとたくさんの人の目に触れるには、その方がいいと思うんです。 今年は一年生の頃よりもたくさんの本を読んで、たくさんの小説を書こうと思います。 一年前、わたしは孤独でした。でも今は、さやかちゃんと珠莉ちゃんという頼もしい親友がいるので、もう淋しくありません。 ではまた。これからも見守っててくださいね。 かしこ 四月四日 二年生になった愛美 』**** ――新学期が始まって、一週間が過ぎた。「愛美、結局文芸部に入ることにしたんだ?」 夕方、授業を終えて寮に帰る道すがら、さやかが愛美に訊いた。――ちなみに、もちろん珠莉も一緒である。「うん。せっかく誘ってもらってたしね。あの時の部長さんはもう卒業されちゃっていないけど、大学でも文芸サークルに入ってるんだって。たまに顔出されるらしいよ」 愛美は春休みの間にそのまま茗倫女子大に進学した彼女を訪ね、わざわざ大学の寮まで出向いた。 大学の寮〈芽生(めばえ)寮〉は、この〈双葉寮〉よりもずっと大きくて立派だった。外部からの入学組も多いため、収容人数も高校の寮の比ではない。「へえ、そっか。喜んでたでしょ、先輩」「うん。二年生だけど、新入部員だからなんかヘンな感じだね」「そんなことないよ。むしろ新鮮だって思うべきだね、そこは」 上級生になったからって、いきなり先輩ヅラする必要はない。一年後輩の子たちとも、新入部員同士で仲良くなれたらそれでいい。そうさやかは言うのだ。「そうだね。――ところで、二人はもう部活決めた?」 一年生の時は、それぞれ学校生活に慣れるのに必死だろうからと、部活のことは特に言われなかったけれど。二年生にもなれば、各々(おのおの)入りたい部活ややりたいことも見つかるというもので
ところが、そんな珠莉にさやかが茶々(ちゃちゃ)を入れる。「そんな優雅なこと言ってるけど、ホントはお茶菓子が食べたいだけなんじゃないのー?」「……んなっ、そんなことありませんわ! さやかさんじゃあるまいしっ」「どうだかねえ」 珠莉はムキになって否定したけれど、本当のところはどうなんだろう?(まあ、楽しめたら理由なんて何でもいいよね) 本当に茶の湯を学びたかろうが、お茶菓子目当てだろうが、どちらでもいいと愛美は思う。「――あら?」「……ん?」 〈双葉寮〉の手前まで来た時、珠莉が寮の前に佇(たたず)む一人の男性の姿に気がついて声を上げた。 百九十センチはありそうな身長といい、ナチュラルブラウンの髪の色といい、あれは――。「やあ。久しぶり」「純也さん……」「おっ、叔父さま!」 やっぱりその男性は、ベージュ色のスーツをビシッと着こなしている純也さんだった。 今日は何やら箱を持っている。――あの中には何が入っているんだろう?「今日はどうなさいましたの? ご連絡もなしでいらっしゃるなんて」「いや、仕事の用事で横浜まで来たから、ついでに寄ったんだ。連絡しなかったのは、ビックリさせようと思ったからだよ」 叔父と姪の会話に入っていけない愛美の背中を、さやかがポンと叩いた。「……えっ?」「ほら、行っといで」「わわっ!」 そのまま文字通り背中を押された愛美は、純也さんの目の前で止まった。(~~~もう! さやかちゃんのバカ!) 純也さんと話したいのに、緊張でなかなか言葉が出てこない。あたふたしている愛美の顔は今、茹でダコみたいに赤くなっているに違いない。「あ……、あの。お久しぶりです」「久しぶりだね。去年の夏に、電話で話したきりだったっけ?」「はい、そうですね」 千藤農園にかかってきた電話のことだ。もう忘れていると思っていたけれど、彼はちゃんと覚えていてくれた。「体調はどう? 冬にインフルエンザで入院してたって、珠莉から聞いたんだけど」「――あら? 私、そのこと叔父さまにお話したかしら?」「えっ、どういうこと?」 困惑気味に交わされた親友二人の会話は、幸いにも愛美の耳には入らなかった。「もうすっかり元気です。一ヶ月以上も前のことですよ? でも心配して下さってたんですね。ありがとうございます」「そっか、よかった。僕もお見舞
「えっ、チョコレートケーキ!? ありがとうございますっ!」 チョコと聞いて、さやかが目を輝かせたのはいうまでもない。「ねえ叔父さま、まだお時間あります? でしたら、私たちのお部屋で一緒にお茶にしません? そのケーキを頂きながら」「うん、まあ……大丈夫だけど。愛美ちゃんはどうかな?」「ああ、それいいねえ☆ ね、愛美?」「ええっ!?」 純也さんとさやかの二人に畳みかけられた愛美は、返事に困ってしまう。 別にイヤではない。むしろ嬉しい。けれど、好きな人と何を話していいのか分からない。 ……というか、さやかも珠莉も、面白がってけしかけているとしか思えない。のはおいておいて。「…………ハイ。わたしも一緒にお茶したいです」 多分まだ真っ赤な顔をしたまま、愛美も頷いた。「ホントにいいのかい? イヤならムリにとは言わないけど――」「いえ、大丈夫です。イヤなんかじゃないです。むしろ……嬉しいです」 ちょっと食い気味に言って、愛美はやっと純也さんにはにかんで見せた。「そっか……、よかった。でも、寮母さんからは何も言われないのかな?」「大丈夫だと思いますよ。心の広い人ですから」 純也さんの疑問には、さやかが答えた。「お帰りなさい。――あら。どうも」 今日も笑顔で三人を迎えた晴美さんは、純也さんの姿を認めて目を瞠った。「こんにちは。その節はどうも。――これから、姪たちの部屋でお茶会をしたいんですが、構いませんか?」 一年前の五月に一度、純也さんと面識のある晴美さんは、彼の顔をうっとりと見ながら答えた。「ええ、どうぞどうぞ。ごゆっくり」「ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて」 純也さんが晴美さんに会釈をしてから、四人は寮のエレベーターに乗って三〇一号室へ。そこが愛美たちの部屋である。「――晴美さん、純也叔父さまに見とれてらしたわね」「単なる目の肥やしじゃないの? イケメンは目の保養になるからさ」(イケメン……) エレベーターの中でさやかと珠莉のガールズトークを聞きながら、愛美は自分より四十センチも背の高い純也さんの横顔をおそるおそる見上げた。 ちょっと切れ長の目に、すっと整った鼻筋。シャープな輪郭(りんかく)。――なるほど、確かにイケメンだ。晴美さんがうっとり見とれてしまうのも分かる。きっと、他の女性もそうだろう。(でも、わ
「純也さん、お皿とフォーク出しときました」「ああ、ありがとう。――えっと、君は……」「自己紹介がまだでしたよね。あたし、珠莉とは二年連続でルームメイトになった牧村さやかっていいます」「さやかちゃん、だね。よろしく。さっき、チョコレートケーキって聞いてすごく喜んでたね。チョコ好きなの?」「え……、はい。見られてたんだ……」 純也さんに笑いながら訊かれたさやかは、愛美とは違って恥ずかしさに赤面しながら呟く。 恥ずかし過ぎて自らも笑い出した彼女につられて、キッチンでお茶の準備をしていた愛美も珠莉も笑い出し、室内は和(なご)やかな空気に包まれた。「――さて、切り分けようか」 ジャケットを脱ぎ、ブルーのカラーシャツの袖をまくった純也さんが、ホールで買ってきたチョコレートケーキを八等分に切ってくれ、四枚のお皿に二切れずつ載せた。「二つも食べられるかしら……」 四人分のティーカップを熱湯で温めていた珠莉が、キッチンから心配そうに言った。 彼女はモデル並みのスタイルをキープしたいので、太らないか気にしているのだ。「大丈夫だよ、珠莉ちゃん。珠莉ちゃんが食べられなかったらわたしがもらうし、わたしがムリでもさやかちゃんが喜んで平らげてくれるよ」 さっきの喜び方からして、彼女ならチョコスイーツはいくらでも入るんだろう。「……そうね。ところで愛美さん。私ね、先ほど叔父さまがおっしゃったことで、一つ引っかかっていることがあるんだけど」「ん? 引っかかってることって?」 愛美は首を傾げた。――彼は何か気になるようなことを言っていただろうか? と。「…………いえ、何でもないわ」 何か言いかけた珠莉は、言うのをためらったあと、結局やめた。 愛美はますますワケが分からなくなり、頭の中には〝?(はてな)〟マークが飛んだ。(珠莉ちゃん、何が引っかかってるんだろ?)「――そういえば珠莉ちゃん、純也さんに知らせてくれてたんだね。わたしが入院してたこと」「……えっ? ええ……」 珠莉は戸惑いながらも頷く。――何に戸惑っているのかは、愛美には分からなかったけれど。「そっか。ありがとね、珠莉ちゃん。おかげでまた純也さんに会えた」「……とっ、当然のことでしょう? 親友なんですから、私たちは。――さ、紅茶が入ったわ。テーブルまで運ぶわよ」 思いがけず、愛美に感謝され
「――紅茶が入ったよー。お砂糖はここね。各自で入れて下さーい」 愛美は珠莉と手分けして、紅茶で満たされた人数分のティーカップをテーブルに置いて回った。最後にシュガーポットをテーブルの真ん中に置き、説明する。 珠莉は太りたくないのか、紅茶にお砂糖を入れなかった。「ありがとう。じゃあ、頂こうか」「「「いただきます」」」 女子三人が手を合わせ、全員がフォークに手を伸ばした。「――美味し~♪ フワフワ~☆」 チョコスイーツには目がないさやかが、一口食べた途端にうっとりと顔を綻(ほころ)ばせた。 見た目は濃厚そうなチョコレートケーキは、食べてみるとそれほど甘さがしつこくなく、フワッと口の中で溶けてしまう。「ホントだ。コレなら二切れくらい、ペロッと食べられちゃうね」 愛美も同意した。これなら胸やけの心配もなさそうだ。「二切れも食べられるのか」と心配していた珠莉も、一切れはあっという間に平らげ、早くも二切れめにかかっている。「――ところで愛美ちゃん。千藤農園はどうだった?」 ケーキを一切れ残し、紅茶を飲んでホッとひと息ついた純也さんが、愛美に訊ねた。 話すのはもう八ヶ月ぶり、しかも前回は電話だったので、面と向かっては約一年ぶりになる。「はい、すごくいいところでした。空気はおいしいし、星空もキレイだったし、みなさんいい人でしたし。色々と勉強になることも多くて」「そっかそっか。楽しかったみたいで何よりだよ」 愛美の答えに、純也さんは満足そうに笑った。「ホタルは見に行った?」「いえ。いるらしいってことは、天野さんから聞いたんですけど。わたしは遠慮したんです。一人で行ってもつまんないし、もし見に行くなら好きな人と一緒がいいな……って」 その〝好きな人〟を目の前にして、とんでもないことを口走ってしまったと気づいた愛美は、最後の方はモゴモゴと口ごもってしまった。「好きな人……いるんだ?」「ぅえっ? ええ、まあ……」 正面切って訊ねられ、愛美は思わず挙動(きょどう)不(ふ)振(しん)になってしまう。(う~~~~っ! 穴があったら入りたいよぉ……) これ以上勘繰られても困るので、愛美はコホンと小さく咳ばらいをし、気を取り直して話題を農園のことに戻した。 「――純也さん、子供の頃にあの場所で過ごしてたんですよね? 喘息の療養をしてたって。多恵さ
「久しぶりに多恵さんに会いたいな。去年の夏は忙しくて、長期休暇も取れなかったから行けなかったけど。今年の夏は何とか農園に行けそうなんだ」「えっ、ホントですか? 多恵さん、きっと喜んでくれますよ」「うん。夏のスケジュールがまだハッキリしてないから分からないけど、多分行けると思う」(今年の夏は、純也さんも一緒……。わたしも行かせてもらえるかな) 〝あしながおじさん〟が気を回して、そう手配してくれたらいいのになぁと愛美は思った。 それとも、「男と一緒なんてけしからん!」なんて怒って、許してくれないだろうか?「――ねえ愛美、純也さんに言うことあったんじゃない? ほら、小説の」「あ、そっか」 愛美が純也さんの子供時代をモデルにして小説を書いたことを、彼はまだ知らないはずだ。珠莉から聞いているなら話は別だけれど、それでも本人の口から伝えるに越したことはない。それが誠意というものだ。 さやかに助け船を出され、愛美は思いきって純也さんに打ち明けた。「あのね、純也さん。実はわたし、子供の頃の純也さんをモデルにして、短編小説を書いたんです。で、それを学校の文芸部主催のコンテストに出したの」「僕をモデルに、小説を?」「はい。……あの、気を悪くされたならすみません」「いや、別にそんなことはないよ。気にしないで」 純也さんは、こんなことで怒るような人じゃない。それは愛美にも分かっているけれど、本人に無断でモデルにしたことは事実だ。それは褒められたことじゃないと思う。「そうですか? よかった。――で、その小説がなんと、大賞を取っちゃったんです」「へえ、大賞? スゴいじゃないか。おめでとう」 純也さんは目を大きく見開いたあと、愛美に「おめでとう」を言ってくれた。 〝あしながおじさん〟からはとうとう言ってもらえなかった言葉。でも、純也さんに言ってもらえたので、もうそんなことはどうでもいいように愛美には感じられた。「ありがとうございます。――援助して下さってるおじさまにも手紙でお知らせしたんですけど、何も言って下さらなくて。わたし、ちょっとヘコんでたんです。でも、純也さんに言ってもらえたからそれで満足です」「そうなんだ……。まあ、彼もどう伝えていいか分からなかったんだろうね。女の子が苦手みたいだし」「え……?」(どうしてこの人が、そのこと知ってるの……?
「うん。全国の児童養護施設とか、母子シェルターとかを援助してる団体でね。彼もある施設に多額の援助をしてるって言ってた。でも、まさかそこが愛美ちゃんのいた施設だったなんてね。初めて知った時は驚いたよ。世間って狭いんだなーって」「そうだったんですか……」 愛美は妙に納得してしまった。 同じような年代で、同じ志(こころざし)を持つ二人の資産家が同じ団体で活動。偶然が重なりすぎているような気もするけれど、まあそういうこともあるだろう。 ちなみに、〝母子シェルター〟というのはDV(家庭内暴力)の脅(きょう)威(い)から母と子を保護するための施設である。「じゃあ、純也さんも施設に寄付とかなさってるんですか?」「うん、まあ……。彼ほどじゃないけどね」「何をおっしゃいますの? 叔父さまだって四年くらい前から、私財をなげうってあちこ多額の寄付をなさってるじゃございませんか」 謙遜する純也さんに、珠莉がなぜかつっかかった。「いいんだ、珠莉。ここは対抗意識燃やすところじゃないから。使いきれないほど財産があるなら、世の中のためになることに使う。これは当たり前のことだ」「「……?」」 二人だけが何だか次元の違う話をしていて、愛美とさやかは顔を見合わせた。「――ああ、ゴメン! 話が脱線しちゃったね」「いえいえ、大丈夫です。あたしたちの方が、話について行けなかっただけですから」 さやかが手をブンブン振って否定する。お金持ち同士の会話に入っていけないのは、愛美も同じだった。「でも、純也さんの考え方って立派だと思います。わたしもそういう人たちのおかげで、今日まで生きてこられたようなもんですから」 まさに今この瞬間も、その恩恵(おんけい)にあずかっているのは愛美自身なのだ。「そうだね。世の中には、国とか僕が参加してるNPO法人みたいなところの援助がないと生活できない人がまだまだいる。愛美ちゃんみたいにご両親のいない子供たちとか、生活保護を受給してる人たちもそうだね。僕たちは恵まれてることを、当たり前だと思っちゃいけないんだ。世の中に〝当たり前〟のことなんてないんだから」 純也さんの言っていることの意味が、愛美には一番よく分かるかもしれない。 この学校に入ってから、他の子たちが「当たり前だ」と思っていること一つ一つに、愛美はいつも感謝している。 高校で勉強できる
* * * * というわけで、卒業式前の連休――というか厳密に言えば自由登校期間だけれど――の初日、二泊三日分の荷物を携えた愛美とさやかはJR長野駅の前に立っていた。「――愛美、あたしの分まで交通費全額出してもらっちゃって悪いね。でもよかったの?」「いいのいいの! わたし今、口座に大金入ってるから。ひとりじゃ使いきれないし、使い道も分かんないし」 冬休みに突然舞い込んできた二百万円というお金は、まだギリギリ高校生でしかも施設育ちの愛美にとってはとんでもない大金だった。作家として原稿料も振り込まれてくるけれど、さすがに百万円単位はケタが違う。印税でも入ってこない限り、そんな金額は目にすることがないと思っていた。「そっか、ありがとね」 多分、さやかもそんな大金はあまり見ないんじゃないだろうか。 そして、愛美に自分の分まで交通費を負担してもらったことを申し訳なく感じているだろうから、後で「立て替えてもらった分、返すよ」と言ってくるに違いない。その分を受け取るべきかどうか、愛美は迷っていた。 さやかの顔を立てるなら、素直に受け取るべきだろうけれど。愛美としては貸しにしているつもりはないので、返してもらうのも何か違う気がしているのだ。 それはきっと、もっと大きな金額を愛美に投資してくれている〝あしながおじさん〟=純也さんも同じなんだろうと愛美は思うのだけれど……。「――農園主の善三さんの車、もうすぐこっちに来るって。奥さんの多恵さんからメッセージ来てるよ」「そっか」 スマホに届いたメッセージを見せた愛美にさやかが頷いていると、二人の目の前に千藤農園の白いミニバンが停まった。助手席から多恵さんが降りてくる。「愛美ちゃん、お待たせしちゃってごめんなさいねぇ。――あら、そちらが電話で言ってたお友だちね?」「はい。牧村さやかちゃんです」「初めまして。愛美の大親友の牧村さやかです。今日から三日間、お世話になります」 さやかが礼儀正しく挨拶をすると、多恵さんはニコニコ笑いながら「こちらこそよろしく」と挨拶を返してくれた。「静かな場所で過ごしたくて、ここに来たいって言ったそうだけど、ウチもまあまあ賑やかよ。だからあまり落ち着かないかもしれないわねぇ」「いえいえ! 寮の食堂に比べたら全然静かだと思います。ね、愛美?」「うん、そうだね。多恵さん、ウ
――今年の学年末テストもバレンタインデーも終わり、卒業式が間近に迫った三月初旬。さやかが思いがけないことを愛美に言った。「卒業式前の連休、あたしも一緒に長野の千藤農園に行きたいな。愛美、執筆の息抜きに行きたいって言ってたじゃん」「えっ、わたしは別に構わないけど……。さやかちゃん、急にどうしたの?」 部屋の勉強スペースで執筆をしていた愛美は、キーボードを叩いていた手を止めて小首を傾げた。彼女が「千藤農園へ行きたい」なんて言ったことは今まで一度もなかったから。「いやぁ、愛美がいいところだって言ってたし、あたしも前から一度は行ってみたいと思ってたんだよね。純也さんのお母さん代わりだったっていう人にも会ってみたかったしさ。っていうかぶっちゃけ、最近食堂がうるさくてストレスなんだわ」「あー……、確かに。会話もままならない感じだもんね」 さやかも言ったとおり、最近〈双葉寮〉の食堂では特に夕食の時間、みんなが一斉におしゃべりをする声が大きくこだましてやかましいくらいである。隣り同士や向かい合って座っていても、話す時には手でメガホンを作って「おーい!」とやらなければ聞こえないのだ。そりゃあストレスにもなるだろう。「分かった、わたしから連絡取ってみるよ。この時期だと……、農園では夏野菜の苗を植え始めたりとかでちょっとずつ忙しくなるだろうから、一緒にお手伝いしようね。あと、純也さんと二人で行った場所とかも案内してあげる」「やった、ありがと! 野菜育てるお手伝いなら、ウチもおばあちゃんが家庭菜園やってるからあたしもよくやってたよ。じゃあ、連絡よろしくね」「うん」 愛美のスマホには、千藤農園の電話番号はもちろん多恵さんの携帯電話の番号も登録してある。愛美から連絡したら、多恵さんはびっくりしながらも喜んでくれるだろう。ましてや、今回は一人ではなく友だちも一人連れていくんだと言ったら、大喜びで歓迎してくれるだろう。「じゃあ、原稿がキリのいいところまで書けたら、さっそく多恵さんに電話してみよう」 という言葉どおり、愛美は執筆がひと段落ついたところで多恵さんの携帯に電話した。
* * * * 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。 『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。 じゃあ、おやすみなさい』 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。『執筆ごくろうさま。 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。 愛美ちゃん、おやすみ』「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?
――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の村(むら)瀬(せ)あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。 (これでわたしも引退か……) 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」 労(ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりして
それはともかく、わたしは園長先生から両親のお墓の場所を教えてもらって、クリスマス会の翌日、園長先生と二人でお墓参りに行ってきました。〈わかば園〉で聡美園長先生たちによくして頂いたこと、そのおかげで今横浜の全寮制の女子校に通ってること、そしてプロの作家になれたことを天国にいる両親にやっと報告できて、すごく嬉しかったです。 園長先生はさっそくわたしが寄付したお金を役立てて下さって、今年のクリスマス会のごちそうとケーキをグレードアップさせて下さいました。おかげで園の弟妹たちは大喜びしてくれました。まあ、ここのゴハンだって元々そんなにお粗末じゃなかったですけどね。 そしておじさま、今年もこの施設の子供たちのためにクリスマスプレゼントをドッサリ用意して下さってありがとう。もちろん、おじさまだけがお金を出して下さったわけじゃないでしょうけど。名前は出さなくても、わたしにはちゃんと分かってますから。 お正月には、施設のみんなで近くにある小さな神社へ初詣に行ってきました。やっぱりおみくじはなかったけど……。 もうすぐ三学期が始まるので、また寮に帰らないといけないのが名残惜しいです。やっぱり〈わかば園〉はわたしにとって実家でした。三年近く離れて戻ってきたら、ここで暮らしてた頃より居心地よく感じました。 三学期が始まったら、文芸部の短編小説コンテストの選考作業をもって文芸部部長も引退。そして卒業の日を待つのみです。わたしはその間に、〈わかば園〉を舞台にした新作の執筆に入ります。今度こそ出版まで漕ぎつけられるよう、そしておじさまやみんなにに読んでもらえるよう頑張って書きます! ここにいる間にもうプロットはでき上って、担当編集者さんにもメールでOKをもらってます。 では、残り少ない高校生活を楽しく有意義に過ごそうと思います。 かしこ一月六日 愛美』****
****『拝啓、あしながおじさん。 新年あけましておめでとうございます。おじさまはこの年末年始、どんなふうに過ごしてましたか? わたしは今年の冬休み、予定どおり山梨の〈わかば園〉で過ごしてます。新作の取材もしつつ、弟妹たちと一緒に遊んだり、勉強を見てあげたり。 施設にはリョウちゃん(今は藤(ふじ)井(い)涼介くん)も帰ってきてます。新しいお家に引き取られてからも、夏休みと冬休みには帰ってきてるんだそうです。向こうのご両親が「いいよ」って言ってくれてるらしくて。ホント、いい人たちに引き取ってもらえたなぁって思います。おじさま、ありがとう! お願いしててよかった! リョウちゃんは今、静岡のサッカーの強豪高校に通ってて、三年前よりサッカーの腕前もかなり上達してました。体つきも逞しくなってるけど、あの無邪気な笑顔は全然変わってなかった。「やっぱりリョウちゃんだ!」ってわたしも懐かしくなりました。 そして、わたしが今回いちばん知りたかったこと――両親がどうして死んでしまったのかも、聡美園長先生から話を聞かせてもらえました。 わたしの両親は十六年前の十二月、航空機の墜落事故で犠牲になってたんです。で、両親は事故が起きる二日前に、小学校時代の恩師だった聡美園長にまだ幼かったわたしを預けたらしいんです。親戚の法事に、どうしてもわたしを連れていけないから、って。でも、それが最後になっちゃったそうで……。 幸いにも両親の遺体は状態がよかったから、園長先生が身元
「わたしが作家になれたのも、その人のおかげなんだよ。だから、わたしも感謝してるの」「そっか。うん、めちゃめちゃいい人だよな。で、姉ちゃん。さっき言ってた『新作のための取材』ってどういうこと?」「あのね、新作はここを舞台にして書くつもりなの。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして。……この施設がわたしの、作家としての原点だと思ってるから」 もし両親が生きていて、この施設で暮らすことがなかったとしたら、愛美は果たして「作家になりたい」という夢を抱いていただろうか……? そう思うと、やっぱり愛美の作家としての原点はここなのだと愛美は思うのだった。「オレも久しぶりに愛美姉ちゃんと過ごせて嬉しいよ。静岡に行って、高校に上がってから夏休みにもここに帰ってきてたけど、姉ちゃんがいないと淋しかったからさ。また一緒にサッカーの練習、付き合ってよ」「いいよ。でもリョウちゃん、サッカー上手くなってるからついて行けるかな……」 三年近く会っていない間に、彼のサッカーはグンと上達している。サッカーの強豪校に進学させてもらったからでもあると思うけれど、今の涼介に愛美はついて行けるかちょっと不安だ。「大丈夫だよ、一緒にボールを追いかけられるだけでオレは楽しいから」「そっか」 いちばん年齢の近かった涼介と再会できただけで、愛美はここを離れていた三年間という時間がまた巻き戻ったような気持ちになった。 * * * * その夜、〈わかば園〉では施設を卒業した愛美と涼介も参加してのクリスマス会が行われた。 今年のクリスマス会は、早速愛美が寄付したお金も使われたのか例年に増してケーキもごちそうも豪華になっていて、子供たちも大喜びだった。 そして、例年どおり〝あしながおじさん〟=田中太郎氏=純也さんを含む理事会から子供たちへのクリスマスプレゼントもどっさり用意されていて、「そうそう、これがここのクリスマスだったなぁ」と懐かしくなった。
* * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛
愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト